産業医が伝えるメンタルヘルス対策の現実と理想

メンタルヘルス不調者の発生は、労働者の長期欠勤をカバーすることが難しい
中小企業に大きな影響を及ぼします。
「対策の重要性をわかっていても、何をどう取り組んでいいのかわからない」、
そのような現実に産業医から理想的な対策や対応などの基本的事項や取り組みのポイントを学ぶ、
産業医が伝える『メンタルヘルス対策の現実と理想』の5回目をお届けします。
生産性の高い、活き活きとした職場づくりの参考にしていただきたいと思います。
毎月20日(予定)に計9回のシリーズで掲載します。

[第5回] 怒りとメンタルヘルス

執筆:西本 真証(にしもと まさと)先生
センクサス産業医事務所

 近年、スポーツ界における暴行、一般社会においても職場パワーハラスメント、あおり運転等、「怒り」が発端となるニュースを耳にすることが増えています。これら背景には、様々な要因が推察されますが、一因として「怒り」のコントロールが出来ず、行き過ぎた言動へ繋がっているとも考えられます。

 今回は、怒りとメンタルヘルスに焦点を当て、皆様と一緒に考えてみましょう。

現状

 個別労働紛争の相談件数の推移(表1)より明らかですが、「いじめ・嫌がらせ」に関する相談件数が急増しています。精神障害等の労災補償状況(表2)では、精神疾患等の労災認定の件数も年々増加傾向です。また、「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(平成23年12月26日付け基発1226 第1号)において、「ひどい嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」という項目は、最も強い心理的負荷の強度である「強度Ⅲ」とされています。実際、平成29年度は、506人の労災認定者のうち88人が「ひどい嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」といった出来事が理由とされています。

(表1)  民事上の個別労働紛争|主な相談内容別の件数推移 (10年間)
(表2)  精神障害等の労災補償状況 〜精神障害の請求、決定及び支給決定件数の推移

アンガーマネジメントについて

「怒り」は、人生を唯一壊すことのできる感情とも言われています。ただし、怒ることが全て悪である、不要であるということではなく、時と場合によっては「怒り」は必要な伝達手段です。アンガーマネジメントとは、「怒らなくなる方法」ではなく、「怒る必要のある時は上手に怒れるようになる」、「怒る必要のないことは怒らないで済むようになる」こと、つまり、「自分の感情に責任を持つ、上手に付き合う」ということを意味しています。怒りという感情で後悔しなくなる(後悔するような言動をしなくなる)ことを目的としています。アンガーマネジメントは、1970年代に米国で始まった心理トレーニングで、日本においても徐々に広がりを見せています。

そもそも、なぜ「怒り」が生まれるのでしょうか

 最近、「怒り」を自覚した場面を思い出してみて下さい。人が「怒り」を感じる場面は、自身にとって「〇〇であるべき」「〇〇するべき」と捉えていた「理想・常識」が、「現実」は異なった場合に起こり得ます。例えば、部下は「指示されなくても察して主体的に動くべき」など、上司にとっては理想や常識であると捉えていたことが、実際には部下が遂行していないという「現実」とのギャップに対して怒りが生まれます。ただしこの場合、上司にとって理想や常識と捉えていただけであり、部下にとっては理想や常識とは捉えていないかもしれません。つまり、上司は、全ては自身の理想や常識に起因して怒っているのです。怒っている人は、自分が正しく、相手が間違っていると認識しています。本来、「〇〇べき」「理想・常識」は、人によって当然ながら違いますが、その前提が抜けており、怒りを覚えてしまうのです。

画像1

べき思考

「〇〇べき」を「べき思考」と言い、極端および強過ぎる「べき思考」を持っている人は、怒りを感じやすく、怒りに起因したトラブルへ発展しやすいと考えられます。べき思考が強いと、柔軟な判断が出来ない、冷静さを失うなどビジネス上の些細なトラブルも起こり得ます。また、その様な人は、怒りだけではなく、実はメンタルヘルス不調(抑うつや不安など)へ繋がりやすいことも分かっています。次の「偏った考え」9パターンは、抑うつ、不安、怒り等に繋がりやすく注意が必要です。

出典:大野裕「こころが晴れるノート」創元社

 同じ出来事であっても、生じる考えや気分、その後に起こす行動は人によって異なります。私達の気分は、出来事によって生じるのではなく、その出来事の思考(考え)によって生じます。イラストで示すように、同じ出来事であっても、考え(思考)によって、気分も変わり、それに伴って行動すら変わります。

画像2

どうすれば良いのか

まずは、自身の考え(思考)に偏りがあるのか、見直す、立ち止まるところから開始しましょう。
①どうして、そう考える(思考)のかよく考える
②冷静になり、別の考え(思考)がないか考える
現実的な、適応的な考え(思考)はアンガーマネジメント、ストレス耐性向上に繋がります。
■ 「偏った考え」をチェックする
・「偏った考えの9パターン」を使ってチェック
・「いつも」「絶対」など極端ではないか?
■ 第3者のアドバイスとして考えてみる
・同じような考えをして悩んでいる人がいたら、どのように声をかけますか?
・あなたが信頼する人ならば、どのようにアドバイスしてくれるでしょうか?
■ 冷静に状況を見渡してみる
・状況や事実に、見落としている部分はないでしょうか?
■ 根拠と反証を考える
・その考えを裏付ける、根拠を探してみる
・根拠への反証を考える
・バランスの良い考え方を挙げてみる

まとめ

 同じ経験をしても、同じ人に接しても、どう感じるかは人によって異なります。機嫌のいい人、精神的に安定している人は、何もかも常に恵まれているというわけではなく、実は、意識的もしくは気づかないうちに自らの感情に責任を持ち、考え(思考)をコントロールしています。誰かのせいや何かのせいにするのではなく、感情は自分自身が生み出しているという自覚、つまり自分の感情に責任を持ち、怒りで後悔のないように過ごして頂ければ幸いです。

  • 第1回
  • 第2回
  • 第3回
  • 第4回
  • 第5回

▲ ページ上部へ