産業医が伝えるメンタルヘルス対策の現実と理想

メンタルヘルス不調者の発生は、労働者の長期欠勤をカバーすることが難しい
中小企業に大きな影響を及ぼします。
「対策の重要性をわかっていても、何をどう取り組んでいいのかわからない」、
そのような現実に産業医から理想的な対策や対応などの基本的事項や取り組みのポイントを学ぶ、
産業医が伝える『メンタルヘルス対策の現実と理想』の3回目をお届けします。
生産性の高い、活き活きとした職場づくりの参考にしていただきたいと思います。
毎月20日(予定)に計9回のシリーズで掲載します。

[第3回] 運動とメンタルヘルス

執筆:田中 宣仁(たなか のりひと)先生
パナソニック株式会社 エコソリューションズ社 産業医

 メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業所を規模別でみると、従業員100人以上の事業所では96%を超えているにも関わらず、50人未満では62.5%、30人未満では48.3%となっており、特に小規模事業所のメンタルヘルス対策が進んでいないことが明らかになっています。これらの会社(事業所)では、なぜ取組みが進まないのでしょうか?

 原因は1つではないと思いますが、1つには、ヒト・モノ・カネが大企業と比べて限られるなかで、利益に直結しない活動には資源を割り当てにくい、というのがあると思います。しかし仮に、メンタルヘルス対策に取り組むことが、利益を生むとしたらどうでしょうか?そしてそれが特別に難しいことではなく、誰でも費用をかけずに簡単にできることだとしたら・・・?

運動はメンタルヘルス対策である

 あまり知られていないかもしれませんが、運動すること(身体を動かすこと)は立派なメンタルヘルス対策です。なので、企業として社員に運動を推奨していれば、もしくは、仕事の中で身体を動かすような業務を与えていれば、その会社はメンタルヘルス対策を実施していると言って良いでしょう。

 こんな研究があります。1999年にデューク大学が行なった研究( SMILE = Standard Medical Intervention and Long term Exercise /標準的な医学的介入と長期運動 )では、うつの患者さんを薬物療法グループ、運動グループ、両方するグループに分けました。そうしたところ4ヶ月の比較において、運動(週3回、1回30分のジョギング)には薬と同等の効果が認められました(ともに50%の患者が回復)。しかしそれから6ヵ月後でみると、うつが治っていたのは運動グループの70%に対し、薬物療法グループは48%に留まっていたのです。また、再発率は運動グループが8%だったのに対し、薬物療法グループは38%にも上っていました。

 これらの研究を受け、アメリカ心理学会は5つのストレス対策(Five Tips to Help Manage Stress)として「運動(特にジョギングなどの有酸素運動を1回20~30分、週3回程度行なうこと)」を推奨していますし、イギリスの診療ガイドライン(NICE: National Institute of Health and Clinical Excellence)では、軽度~中等度のうつの改善のために、薬物療法と並んで運動を治療選択肢としています。他にも、アメリカ政府の発表したレポート(Physical Activity Guidelines Advisory Committee,2008)には「活発な身体活動を行う集団は、不活発な集団と比べて抑うつリスクが15~25%低い」と記載されるなど、運動がうつを予防するもしくは治療する効果は世界中で認められています。

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運動は会社に利益をもたらし会社を持続可能な組織に導く

 以上のような事実から、運動がメンタルヘルス対策になることは理解いただけたと思います。しかし、運動の効果はそれだけではないのです。運動は会社に利益をもたらし、会社を持続可能な組織に導く効果があるのです。具体的には運動により、社員の集中力が高まり、頭が良くなり、創造性が高まるという十分な科学的証拠があります。

 メンタルヘルスを改善し、企業を持続可能な組織にするためにも、運動を取り入れましょう。

運動により社員の集中力が高まる

 運動により、セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンといった神経伝達物質が増えることが分っています。これらの物質は何をしているかと言いますと、セロトニンは「心をおちつかせ、冷静な判断や強い精神力を促す」作用があります。ノルアドレナリンには「やる気や注意深さ、集中力を促す」作用があります。ドーパミンには「喜びを感じさせると共に、集中力や意志決定にも関与する」作用があります。(実はうつ病ではこれらの神経伝達物質が低下してしまうため、意欲の低下が見られることがわかっています。そのため、うつ病の薬は、これらの物質を増やすことで治療効果をもたらします)。

 運動でこれらの物質が増えた場合、集中力が高まる効果は運動を終えた後1時間から数時間続くことが研究でわかっています。定期的に運動をすれば、分泌される量も徐々に増えていきます。

運動により社員の頭が良くなる

 運動することで脳内に増える物質の1つに、BDNFがあります。BDNFは脳の肥料と呼ばれており、脳に新たな細胞が生まれ、脳細胞同士が繋がるのを促進する作用があります。そのため、運動すると頭が良くなるのです。運動後には覚えられる単語が20%増えたという研究もあります。

 BDNFが最も効果を発揮するのが記憶を担当している脳の「海馬(かいば)」という部位で、運動すると海馬が大きくなることが分っています。逆に、うつ病になると海馬が萎縮してしまうことも分っています。そのため、うつ病になると、記憶力が低下してしまいます。

運動により社員の創造性が高まる

 創造性は発散的思考(話を拡散させていくプロセス)と収束的思考(広がったアイデアを1つにまとめていくプロセス)が合わさった結果ですが、このどちらの思考も運動により高まることが研究により分っています。余談としては、アインシュタインも自転車を漕いでいる時に相対性理論を思いついたらしいです。

 社員に新たな発想をして欲しいのなら、運動を推奨しましょう。

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まとめ

 以上、運動にはうつ病を改善するだけでなく、うつを予防する効果もあります。企業として運動に取り組むことは、立派なメンタルヘルス対策です。また、本稿では記述しませんでしたが、高血圧や糖尿病などの生活習慣病を改善・予防する効果もあります。それだけでなく、上記のように集中力や創造性・記憶力を高めることで社員のポテンシャルを引き出し、企業を持続可能な組織に導く効果もあるのです。

 外資系の大きな企業では会社の中にフィットネスジムがあることが多いですが、それは別に福利厚生として企業が用意しているわけではありません。会社の発展を考えたときに十分なリターンが来るという想定のもと、設備を導入しているのです。

 さぁ、社員のメンタルヘルスを良好に保ち、より強い会社にするために、運動しましょう!

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