専門家が伝える ケースで学ぶメンタルヘルス対策 第6回

専門家が伝える ケースで学ぶメンタルヘルス対策第5回

ケース
 製造現場一筋で勤続32年を誇るベテラン係長のTさんは、気さくな人柄で部下との関係も良く信頼されていた。あるとき、永年にわたって倉庫管理課の仕事を仕切ってきた社員が定年を迎えて退職したため、会社はTさんを課長に昇進させ後釜を任せることにした。
 最初は張り切って倉庫の仕事をこなしていたTさんだったが、3ヶ月ほど経ったある日「体調が思わしくない」といって3日間連続で欠勤した。たまりかねた上司が病状を訊ねるためTさん宅を訪れたところ、「どこが悪いとはっきり説明することはできないが、朝起きられなくて出社することができません」という説明だった。この説明に上司は「とにかく早く治して出社してほしい。倉庫は人手が足りなくて、毎日営業部員が出荷作業を手伝っている状況だから」と職場の窮状を伝えるのが精いっぱいだった。
 結局Tさんはさらに1週間休んだ後ようやく出勤してきたが、その時になって初めて「実は、部下の一人が何かにつけて自分の仕事ぶりに苦情を言ってくる。その部下は倉庫管理の経験は長く態度も威圧的であるため、自分はどのように対応していいかわからない。毎日その部下に会うのが恐ろしい気持ちだ。できれば以前の職場に戻してほしい」という事情を打ち明けた。
留意すべきポイント
○以前の職場では仕事も人間関係もうまくいっていたTさん。仕事の内容も周りの人間もガラッと変わったが、 会社は「課長を任せる」と言って丸投げした格好である
○中小企業は慢性的な人手不足で、替わりの人材はどこにもいない。Tさんが休んだ場合は営業マンに倉庫の 作業を手伝ってもらうが、それもできない場合は上司みずからが穴埋め要員にならざるを得ない。そのような 苦肉の策もそろそろ限界だ。
中小企業診断士からのコメント
大山 祐史(おおやま ゆうじ)先生 大山 祐史(おおやま ゆうじ)先生
アドバンマネジ 代表コンサルタント
中小企業診断士
 中小企業は、経営資源である「ヒト・モノ・カネ」のどれか、または全部が不足した状態で経営せざるを得ない状況にある場合がほとんどです。一人が定年退職したことをきっかけに、製造現場・倉庫管理の間でリーダー社員の融通を実施しましたが、やり方が安易に過ぎたために、その二つの現場はもとより営業部や工場管理の仕事にまで悪影響を及ぼす結果になりました。
 このケースは「異動したリーダーが新しい仕事・組織に適応できなかったケース」ですが、逆に部下の方に問題が発生する可能性も十分考えられます。このケースでは、重要ポストにいた定年退職者の穴埋めをTさん一人に押し付け、そこで問題や悩みが発生していることを会社や上司が気に掛けることはありませんでした。その結果として「やっぱり元の身分や職場に戻してほしい」などという要望を言われても、中小企業では即座に対応できないことがほとんどでしょう。そうなった場合、Tさんのような優良社員だった者が戦力にならなくなってしまい、最悪の場合メンタル不調が悪化して長期休職や退職に追い込まれてしまう可能性すらあるのです。
 「中小企業ほど社員一人の不調が経営に与える悪影響は大きい」ということを再認識することが大切です。少ない経営資源でも仕事を順調に継続して行けるよう、声掛けや話し合いの頻度を高め、日々生じる小さな変化や問題を皆で共有できる仕組みを作っていきましょう。
医療職からのコメント
森本 英樹(もりもと ひでき)先生 森本 英樹(もりもと ひでき)先生
森本産業医事務所 代表
医師・医学博士、社会保険労務士
 職場環境の変化は従業員の精神状況に影響を与えやすいものの1つです。正社員の場合、1日24時間の中で1/3以上は職場で過ごすわけですから、それも当然でしょう。
 産業医として仕事をする中で、職場環境の変化によりメンタルヘルス疾患にかかる従業員を目にすることは、比較的よくあります。現場作業でキャリアを積んできた人がデスクワークにうつったり、日勤業務をしていた人が交替勤務に就くなどは、不調をきたすことがあるため注意すべき変化です。また、メンタルヘルス疾患になるまでいかずとも、定年後の業務や職位の転換により、従業員のモチベーションがかなり低くなることは大変多いように感じます。
 一方で、多くの会社の正社員は職務限定で入社してきているわけではなく、会社の指示のもと種々の業務に就くことが期待されています。職業生活が40年を超える中、40年のあいだ類似業務をしてもらうだけでは会社が立ち行かないのも理解できます。
 本件では、過去の本人のキャリアを全く活用できないほどの大きな変化でした。そうせざるを得なかった事情があるのだとは思いますが、定年前からメインのキャリア以外の業務も経験しておくことや、前任者からの引継ぎ期間十分にもつなどの対応ができれば、本件の不調は防止できたのかもしれません。
 「全ての従業員が適材適所の状況で仕事ができること」や、「それぞれが得意で慣れている仕事だけすれば、全ての仕事がカバーできる」というのは理想論だともいえますが、目標として念頭に入れほしいと感じました。
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