専門家が伝えるメンタルヘルス対策「もっと聞きたいメンタルヘルス」上級編

 「いまさら聞けないメンタルヘルス」の入門編・初級編・中級編に続く新コンテンツ、専門家が伝えるメンタルヘルス対策〈上級編〉『もっと聞きたいメンタルヘルス』をお届けいたします。

 メンタルヘルスケア・健康経営に取り組んではいるものの効果が上がらない、うまく取り組めていないなどの実務的な問題や課題解決に向けて、社会保険労務士・産業医・大学教授・中小企業診断士などの専門家がそれぞれの立場からアドバイスいたします。

 毎月10日(予定)に計9回のシリーズで掲載します。

第5回

企業における「ラインケア」の重要性

若林忠旨 先生
執筆 : 若林 忠旨(わかばやし ただし)先生
社会保険労務士法人 東京中央エルファロ 共同代表
特定社会保険労務士

1.メンタルヘルス対策で見落とされがちな「ラインケア」

 メンタル疾患の従業員が発生してしまった場合、精神的にも肉体的にも休息が必要になります。少なくても数か月単位で休職を命ずることになりますが、その間もその人が担当していた仕事をストップさせることはできないため、同じ現場で働いている同僚がフォローすることになります。この場合、十分な引継ぎもなく、自分の仕事をおこないながら、同僚の仕事も担当することとなり、一気に長時間労働になってしまう・・・・・。こういった悪循環が蔓延してしまう状況がえてして発生してしまうことがあります。こういった場合に重要となるのが「ラインケア」となります。

 厚生労働省などで作成しているリーフレットなどでは、部長・課長・主任など「上司」の役割を期待されている役職者が部下の勤務状態や仕事上の相談・対応などをおこなうこととされています。日本では、以前は社員旅行・運動会などの社内行事や課や担当班での飲み会など、上司と部下の距離感も近く、個人的な事情などもある程度把握しているような深いコミュニケーション環境がありました。しかし、バブル経済崩壊後の能力・業績評価主義による上司のプレイングマネージャー化、仕事とプライベートをしっかり分ける考え方など、時代や経済環境の変化で、「ラインケア」の環境が希薄になってきています。メンタルヘルス対策に力を入れている企業でも、ストレスチェックや産業医・保健師の面談体制など、メンタルヘルスの4つのケアのうち、「セルフケア」・「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」・「事業場外資源によるケア」をうまく使っていても、社内体制で構築できる「ラインケア」はうまく使いこなせておらずに、第2、第3のメンタルヘルス不調の従業員を出してしまっている企業が多いようです。

2.「ラインケア」とは

 メンタルヘルスケアの基本は、労働者が「自分の健康は自分で守る」という考え方を理解し、そのための知識などを身につけて、自分の生活リズムにうまく取り入れストレスの蓄積などを予防することです。しかし、社会人として仕事をしている人は、プライベートよりも仕事に関することに多くの時間や悩みに対するウエイトの比重が高くなることが多く、自分自身でコントロールできないことが増えてきます。そういった時に職場の管理監督者が部下のメンタルヘルス不調者を早期に発見し、適切な対応をおこなうことをラインケアまたはラインによるケアといいます。

 本来、ラインケアをおこなう者は「管理監督者」とされています。管理監督者は、事業主から従業員に対して指揮命令をおこなえる権限が委譲されています。そのため、管理監督者には事業主が負う安全配慮義務に基づき、従業員の健康に配慮し、職場環境等の改善を通じたストレスの軽減など、健康を守る義務も課されています。しかし、本来のラインケアは「部下の健康状態を把握するために、いつもと違う部下に早く気づく」ことです。そのためには、日ごろから部下の行動や人間関係を把握し、変わったことはないか気を付ける必要があります。そうすると、厚生労働省が進める法的な「管理監督者」にこだわるのではなく、主任や課長なども含めた「管理職」と呼ばれる方にラインケアの役割を担当してもらうことが現実的でしょう。

一般的なラインケアとは次の項目となります

1.不調者の早期発見と対応 / 2.部下からの相談と対応 / 3.ストレス要因の把握と職場環境等の改善 / 4.部下の職場復帰への支援

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各項目の詳しい説明は、下記の HP をご覧ください。
こころの耳 「15 分でわかるラインによるケア」
http://kokoro.mhlw.go.jp/linecare/assets/pdf/elearning.pdf

3.ラインケアの具体的な実施の注意点

 メンタルヘルス対策をおこなっている企業は昨今増えてきており、平成 29 年に厚生労働省がおこなった労働安全衛生調査によれば約 6 割近い企業が何らかの対策や予防措置を講じるようになっています。ただし、実際に導入している対策はシステム的なチェックや外部機関と契約した面談などが主なものとなっており、社内で制度を構築し、実施をおこなう必要があるラインケアを苦手としている企業が多いように感じます。

 そこでラインケアをうまく実行するコツを 2 つ解説していきたいと思います。

( 1 ) 管理職教育の充実

 日本の管理職はいろいろな職種を経験させ、幅広い知識や技術の経験を有するゼネラリストを求めます。そのため入社数年で少数の部下を持つことが多いですが、その部下を管理するための教育をおこなっている企業はほとんどありません。そこで企業内又は企業外講師による管理職研修をおこない、その中でメンタルヘルスに関する知識や、ラインケアの知識と実践方法、その重要性の教育をおこなうようにします。この時に重要なことは、新たな管理職に就いた都度その役職に合わせたラインケアの教育をおこなうこと、1 年ごとなど定期的におこなうことです。メンタルヘルスの情報は日々蓄積され、研究は日々進化しています。常に新たな情報に触れ、自分にとって身近で重要な問題であることを教育していきましょう。また、教育も単なる座学を受けさせるのではなく、過去に起こった事例や、同業他社の事例などを基に対策を考えるようなワーク型やケースメソッド型の研修を受けることでより高度な対応をすることが可能になります。

 ちなみにこの教育を管理職におこなうことは、管理職のストレス要因軽減を図ることにも繋がります。

( 2 ) 部下とコミュニケーション能力を取る環境を作る

 いくら管理職の能力を高めても、管理職が積極的にコミュニケーションを取らない性格の場合や、プレイングマネージャーとして成果を求められている場合には、その能力を発揮できないことがあります。この場合、会社が管理職と部下がコミュニケーションを取る場を作ることも必要です。部下との懇親会や昼食会などをおこなう会社もありますが、そういったイベント的なものよりも、週一回の短時間会議や仕事の内容を絡めて話をする場を設ける方が効果的のようです。ラインケアを目的とするのであれば、部下や同僚の業務の内容や相談できるような雰囲気づくりなどは、こういったミニ会議などの場の方が作りやすくなります。この場合に重要な点は、管理者や部門の自主性に任せないことです。場を設けることと定着させることは、一般的なPDCAサイクルの考え方と違いはありません。まずは、義務付けをおこない、定着するようにしていく必要があります。

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4.まとめ

 メンタルヘルス対策は何のためにおこなうのでしょうか?従業員が安全で、安心できる環境で仕事ができるようにするという目的は大切ですが、企業は利益を出して経営をおこなう必要もあります。単なる義務感でおこなう対策は長続きしません。やはり、経営にとってプラスとなり、可能であれば目に見える形で現れる必要があります。

 今回、解説したラインケアを進めることは、単にメンタルヘルス対策を進めるだけでおこなうことはもったいない行為です。管理職の教育をおこない能力を高めることは、適切な業務の指示や適正な業務配分に繋がり、コミュニケーション能力の向上は、風通しのよい職場づくりに繋がります。こういった行為が積み重なることにより、不要な長時間労働の削減など、昨今話題となっている「働き方改革」にもつながっていきます。

 物事を進める上で多角的な視点を持つことは重要です。目の前のメンタルヘルス対策は、「自社にとって何をもたらすのか?」を念頭に対応を検討していただければと思います。

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